2011年05月15日

訓練日誌 29日目 “卒業”


皆さん、こんにちは。
今回は、3年前の5月10日(土)に行なわれた卒業式の様子をご紹介します。
晴れの卒業式の天候は残念ながら雨、アイメイト協会の卒業式は晴れの特異日と言われているだけに、それがかえって私達に強い印象として残り、今もその日を容易に思い出すことができます。
考えてみれば、この四週間でずいぶんたくさんのことを詰めこまれました。
6回にのぼる歩行テスト、犬の健康管理など、次から次へ容赦のない攻撃に耐えながら自らの体内に吸収していく行程は、私のような怠け者にとって限界の連続だったように思います。
しかし、トリトンと出会ったことで、彼を絶対に連れて帰るという気持ちが芽生え、日を追うごとにその思いは強さを増し、日々の厳しい訓練にも耐えられる力を私に与えてくれたのだと思います。
【5月10日(土) 雨
朝から雨が降り続いている。
起床後、ワンツー、そして朝食を摂った。
この食堂に足を運び、担当指導員、クラスの仲間と集うのも今回で最後、なんとなくしんみりした気持ちになるのは俺だけだろうか。
アイメイト協会、362期、363期の卒業式が目前に迫っている。
式が始まるのが10時、それまでの時間を利用して居室の大掃除を始めた。
掃除機を借りてフロアを隅から隅まで丁寧に、トイレもできる限り綺麗にしたつもりだ。
深い睡眠をくれたベッドも、そして、大きな窓も拭いた。
パソコンの電源を抜いてバッグに入れる。段ボールに詰めた荷物は自宅に送ってもらうよう手配した。
多分、やり忘れていることはないだろう。
さあ、世話になったこの居室ともしばらくはお別れだ。心の中で別れの挨拶をする。
この日、仕事の関係で式に出席できない職員が一人ずつ居室を訪ねてくれて卒業を固い握手で祝ってくれた。
もう一つのクラスの担当指導員であり指導部長であるKさんも大きな声で卒業を祝ってくれた。
しばらくすると、集合の合図がかかり、俺達は3階の会議室に向かった。
トリトンにハーネスを装着しハンドルを握る。
彼が俺の左側にいつもいてくれるのが当たり前になりつつある今がなぜか不思議に思えた。
たった四週間前にはなかった温かさが今こうしてすぐ傍に感じられる。
トリトンを家に連れて帰って本当にいいのだろうか。
ここで学んだことが俺の頭に、そして体にきちんと植え付けられたのだろうか。
そんな得体の知れない不安のような感情を抱きつつ、俺は居室のドアを開け3階に向かった。
会場は協会職員、来賓、生徒の家族など結構な数の人々で埋めつくされていた。
自分のクラスと、もう一つのクラスの生徒達とアイメイト、5人と5頭が部屋の中央に、前列にこちらを向いて協会職員、生徒達を囲むように来賓が位置し理事長の挨拶が合図のように卒業式は始まった。
ライオンズクラブなどの来賓による挨拶、祝辞の披露、続いて、担当指導員の挨拶と流れるように式は進められていった。
俺の担当指導員のSさんからの挨拶、それに続いてクラスの仲間が順に挨拶を述べ始める頃になると、訓練を受けていた時の様々な光景がグルグルと渦を巻くように自分の脳裏を駆けめぐり、抑えきれない感情が一気に高まり、自分の理性は姿を消し去り、体の中心に火がついた。
それは上昇し、胸を内側から締め付け、喉を熱くし、鼻の奥をツンとさせた。
刹那、俺の見えない両の目頭から涙が溢れ出し、それは止めどなく次から次へ頬を伝わり顔面をグシャグシャに濡らした。
ついでに鼻水もそれに仲間入りし、俺の体から水分が放出されていった。
幸いにして、ちびることはなかったが、予測もつかない自分の感情の動きに俺自身が驚き、自分の番になっても言葉が出ない、いや、声すら出てこない有様、
『一体全体俺はどうしちまったんだろう』
結局、口にできた言葉は、
「ありがとうございました」の一言だけ、なんとも無様な姿を大勢の前で披露してしまったのである。
クラスの仲間の挨拶が終り、最後には協会職員、来賓の方々が訓練生一人一人の前に立ち次から次へ祝福の言葉と握手攻撃。
もうこうなると、俺の涙はほとんどダムの決壊状態、どうにも手がつけられない、誰にも止められないといった始末。
見かねたインターンのKEちゃんがティッシュを手渡してくれたので、ありがたく受け取り鼻をかみ、涙を拭き、もう一度鼻をかみ、なんとかその場をしのいだ。
卒業という代物は今まで何度も経験しているが、これほど俺自身を感激させたものは初めてである。
四週間という短い期間ではあったが、これだけ一つのことに夢中になれたこと、常に緊張感を保ち続けたことが今までにあっただろうか。
そんな張り詰めたものがプツリと音を立てて切れた瞬間、安堵と充足感が俺の体内を埋め尽くし、それは涙という形に化けたのかもしれない。
“ありがとうございました”のありふれた言葉を、心の底から言えたのは、もしかしたら初めてかもしれないし、これだけ感謝の気持ちを素直に心の底から抱けたのも過去にはなかったかもしれない。
互いに同じ目的をもち、励まし合い、四週間に及ぶ生活を共にした仲間と再会を約束し、協会玄関前で別れた。
朝から降りしきる雨、アイメイト協会の卒業式には珍しい天候ということで気温もかなり低い。
昨日届いたばかりのレインコートをぎこちない手つきでトリトンに着せる。
その後、担当指導員のSさんが駅まで車で送ってくれた。
切符を買い、改札口に向かう。
四週間世話になったSさんともここでお別れだ。
礼を述べ握手を交わす。
トリトンに「かいさつ」の指示を出す。
「かいさつ、グッド!」
投入口に切符を滑らせる。
トリトンと一緒に改札口を通り抜け、もう一度後ろを振り返りSさんに深々と頭を下げる。
『戻りたい、もっとおしえてもらいたい、協会に帰りたい』
そんな気持ちが急にこみ上げてくるが、それを振り切って改札口に背中を向けた。
俺が握るハンドルを通してトリトンの動きが伝わってくる。
立ち止まる俺の様子をうかがうように彼がこちらを向いたのだ。
『そうか、今俺は一人じゃないんだ。これからずっとトリトンが傍にいてくれるんだ』
今からが二人にとっての本当のスタートだ。
俺は前方に向けて右手を静かに伸ばし、トリトンに指示を出した。
「ゴー!」】
posted by ドスコイノブ at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | トリトンとの日々
この記事へのコメント
ノブさんに意外と?
と言ったら失礼だけれども文才があるという新しい発見!
Posted by かんぞう at 2014年05月13日 00:51
かんぞうさん、コメントありがとうございます。
そしておほめのお言葉まで頂戴し、朝から涙が止まりません。
このブログではアイメイトの仕事の内容や使用者と犬との関わりなどをわかりやすくお伝えする目的で書いていました。
もうずいぶん更新しておりませんが、なにひとつ変わることなくトリトンと仲良く日々を過ごしております。
今後とも様々なことでお世話になりますが、どうぞ末永くよろしくお願いいたします。
Posted by ドスコイノブ at 2014年05月13日 10:00
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