2010年12月29日

寄って おまけ

前回の記事中に記した”ある事件”について皆さんにご紹介するのを忘れていました。
あまり得意になって話せるような内容ではありませんが、ユーザーがきっちり犬をコントロールできていなければ、いくら優秀なアイメイトでもそのようなことが起こりうるというノンフィクションの出来事であり、同時に自分への戒めもこめた内容になっています。
午前6時半、私達は我が家の前を走る県道の歩道を歩いていました。
季節は初夏、気持ちの良い晴天に恵まれた早朝、交通量も少なく、散歩にはもってこいの絶好のコンディションです。
この道にも大分慣れ、その日も車道を挟んだ向こう側の歩道を右に向かって私達は快調なペースで歩いていました。
歩道の切れ目にさしかかり、トリトンが止まりました。
「コーナー グッド」で賞めたあと、約3メートル先の歩道に上がるため
「ストレート」の指示を出しました。指示に従いトリトンは歩き始めます。
歩道に上がる手前で彼が止まるはずですが、その時はなぜか歩みを止める気配がありません。
『なんか変だなあ』という感覚はありましたが、私は、そのままトリトンの動きについていきました。
本来ならば、どうしてトリトンが停止しないのか、すぐに立ち止まり原因を摸索しなければならない状況です。
言い訳になりますが、その当時の私は、歩くことに夢中で気持ちにまったく余裕がなかったのでしょう。
ふと気がつくと、私達が歩いている真後ろから車が近づいてくる音がします。
その音は徐々に近づき、なんと、いきなり私達の左側を通過していくではありませんか。
『えっ、なにっ?どうなってんの?』
先ほども記しましたが、私達は車道を挟んだ向こう側の歩道を右に向かって歩いているので、後ろからの車は右側を走るはずです。
その時、歩きながら私の頭の中は状況を飲み込めずに混乱していました。
すると今度は前方から車が急速に近づいて私達のすぐ右側を通り抜けていきました。
後ろから来た車が左、前から来た車が右を通る、今自分が置かれている事態が普通でないことが徐々に透明感を増していき、一瞬のちには、すべてを理解していました。
そうなんです、私達は車道のセンターライン付近を偉そうに堂々と歩いていたのです。
あとから考えると何とも危険極まりない状況の中、不思議なことに私自身パニックに陥ることなく冷静に対応することができたので、大事に至らず事なきを得ました。
まずは車の走行音のないことを耳で確認し、続いてトリトンに対し
”よって”と少し強い口調で指示を出しました。
彼は左側にある歩道まで移動し停止しました。
「ゴー コーナー」で歩道に上がるよう指示を出しますが、トリトンは動きません。
「ゴー コーナー!」再度の言葉にも反応がありません。
何かが邪魔して歩道に上れないのかもしれません。私は前方に右手を出して様子をうかがいました。
トリトンが上れないはずです。私の手の先にあったのはガードレールでした。
ハーネスのハンドルから手を離し、トリトンを両手で抱き上げ、ガードレールの向こう側にそっと下ろしてやり、続いて私もそれを乗り越え、やっとのこと安全な歩道上にたどり着くことができました。
もう少し交通量が多かったなら、車の流れを耳で判断できるので車道などに侵入することはなかったかもしれません。
また、この県道が緩やかなカーブを描いていることを計算に入れなかった私の視符(身振り)が歩道ではなく、車道を示していたのかもしれません。
それらが重なった結果が引き起こしたなんともお恥ずかしいお話しです。
あの時、私はテレビのある一場面を急に思い出し、一人で苦笑していました。
皆さんはご存じないかもしれませんが、約35年前、テレビで放映されていた刑事ドラマ、丹波哲郎主演の「Gメン'75」
広い車道を何人もの刑事が横一列になってこちらに向かって歩く姿がいつもエンディングで流れていたものです。
車道は車が走るところ、そんなに広がって歩いたら邪魔で仕方ないじゃないかと感じていた当時の私、その私が同じことをリハーサル無しでやってのけるとは…
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2010年12月27日

寄って 後編

toriton 72.JPG前回の”寄って”の続きになります。
実を言いますと、この”よって”のお仕事、私とトリトンはかなり苦労し、悩んだ過去をもっています。
トリトンを我が家に迎え入れてからの毎日、最初の頃、お互いが一日も早くこの街に慣れるため、色々な道に挑戦し歩いていました。
その日々の歩行の中で発見したこと、どうも左に寄らずに中央から右を歩いてしまっていることがかなり多いというものでした。
気がつく度に”よって”の指示を出し、その時だけは左に寄って歩いてくれるものの、すぐにまた中央にずれ込んでしまうという状況が続きました。
自分なりに試行錯誤を繰り返し修正を試みますが、なかなか思うようにトリトンが反応してくれません。
今、その当時を振り返り思い返してみると、私もトリトンもまだまだお互いの信頼関係が構築されていなかったことや、新しい場所の環境に慣れていなかったことなどが原因していたのだろうと容易に想像できます。が、その時はとにかく必死で何が悪いのか、何が足りないのかと私の頭の中は混乱するばかりでした。
ある事件を切っ掛けに、自分一人での解決を断念し、アイメイト協会に連絡しフォローアップの申し出をしました。
このフォローアップですが、アイメイトとの生活や歩行に関して悩みや問題が生じた場合など、協会に連絡することで、実際にユーザーの自宅まで出張し、問題の解決のお手伝いをしてくれるというものです。
ちなみに、使用者が北海道であろうが、沖縄であろうが、全国どこへでも駆けつけてくださるということです。
私の場合、2週間に1度の割合で、合計3回にわたるフォローアップを受け、きちんと修正されているかを見守っていただきました。
さすがはプロの技です。私達の歩行を一瞬観察しただけで、その問題点を見つけ出し、それに対する的確な対処法をアドバイスしてくれたのです。
トリトンが私に頼ることが多く、自分から仕事をしようとする積極性に欠けているということでした。
私の顔色を見ようと、右側を向くことが自然に多くなり、その結果、右にずれ込んで歩いてしまうのだと分析してくれます。
その対処法は誠に簡単なものでした。
「ゴー」の指示に対して、今までよりもハンドルの引きを強くさせるものです。
つまり、トリトンが積極的に前を向いて歩くようにするもので、極端な言い方になりますが私を引っ張って歩かなきゃというくらいの気持ちをもたせるものです。
具体的な方法ですが、後ろから指導員がトリトンのお尻をパンと平手で叩くだけでした。
なんと、これだけでトリトンの歩き方が見違えるように力強いものに変化するではありませんか。しかも、ちゃーんと前を向いて歩くので、右にずれ込むことも少なくなりました。
3度目のフォローアップ、指導員の方が私達の歩行を見て、良い状態になっていることを確認し、無事、問題の解決にこぎつけました。
その節は大変お世話になりました。
おかげさまで、”よって”の指示に対しても瞬時に反応してくれるようになり、何よりも歩き方に力強さが増し、トリトンの体内からも自信と誇りを感じられる今日この頃です。
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2010年12月26日

寄って 前編

toriton 71.JPGアイメイトのお仕事、具体的な部分についてはほとんどご紹介しましたが、まだありますので、もう少しの間お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
今回は”よって”という指示語についてお話しを進めてまいります。
アイメイトは基本的に左側通行をします。
「人は右、車は左」というのが一般的認識として定着していますが、アイメイトや盲導犬は、道路交通法で左側通行を認められているのです。
歩道専用道路はもちろん、人車道の区別のない道にも当てはまるもので、”よって”は、「もっと道路の左端に寄って歩きなさい」という場合に用います。
アイメイトが左に寄って歩いていない場合、どのような問題が生ずるのでしょうか?
私が暮す街には人車道が別れていない道路が結構多く存在しています。
もしも、トリトンが道路の左側に寄らずに中央付近にまでずれ込んで歩いていたとしたら、私はもちろんですが、トリトンにまで危険が及ぶことになります。
後ろから車やバイク、自転車などが接近してきた場合、それらを運転している人にとっては、どちらから追い抜いていけばいいのか、あるいは、私達が邪魔をして追い越せないなどの事態を招いてしまいます。
道路の左端を進むことで、後方からの追い抜き、または、前方からの通り抜けがスムーズに行えるようになるわけです。
犬は後ろからの音に非常に敏感に反応します。
クラクションやブレーキなどの音に驚いて数十センチ前方に飛び跳ねることもしばしばです。
いつも左に寄って歩くことを心がければ、そのような音におびやかされることもなく、また、何よりも犬の左側に対する安全を確保できるのです。
動いている車や自転車などは、常にユーザーの右側を通すといった基本を守ることで、アイメイトの仕事を最小限に抑えてあげることができます。
なんか、わかりづらい文章になってしまい大変申し訳ありませんが、アイメイトに余計な仕事をさせないための左側通行と覚えていただければ幸いです。
アイメイト協会では特にこの左側通行を徹底しています。
犬に対する目に見えないこまやかな愛情のあらわれだと私は思います。
他の盲導犬育成協会を非難するわけではありませんが、「ハーネスの両手持ち」と称して、左側、右側通行の両方をやらせるところもあるそうです。
結果は、犬の仕事を増やすことになり、それだけ負担も大きくなるわけです。
我が国に九つある盲導犬育成協会、そのすべてが共通のマニュアルをもち、それに従って訓練に当たっているわけではありません。
つまり、それぞれの協会によって犬の訓練法や理念、歩行指導法が異なり、犬や視覚障害者に求められる能力も様々というのが現状です。
人にも犬にも厳しいと言われているアイメイト協会ですが、これは、視覚障害者を一人の責任感ある社会人として認めていることの裏返しであり、だからこそ、私もあえて厳しいと噂のアイメイト協会を選んで訓練を受けることを決意したのです。
結果、その選択に微塵の誤りもなかったことは言うまでもありませんね。
自信をもって皆さんにご紹介できる立派なアイメイト、トリトンと出会えたのですから。
                              つづく
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2010年12月24日

Merry Christmas 2010

toriton 68.JPGtoriton 69.JPG皆さん、おはようございます。イブの朝、お元気でお過しでしょうか?
この年になると、クリスマスはケーキを食べる日というだけで、他にはなんの楽しみもございません。あと1週間で今年が終わってしまうという通過点に過ぎず、特に毎年決まっているようなイベントは残念ながら皆無です。
仕事場にサンタさんとコンパクトなツリーを飾り、BGMをそれっぽいものにするくらいのものでしょうか。
今回の写真、とりあえず、トリトンの周囲にそれらを配置し、クリスマスの雰囲気だけは出そうと試みましたが、肝心のトリトンがクリスマスモードに突入してくれないみたいですね。
これにおいしいものでも加われば目の色が一変し、クリスマスソングの一曲でも歌い始めるのでしょうが、お腹の調子を崩してしまうことを懸念し、なーんにも用意していません。トリトン、ごめんね(m_m)
でも、トリトンにとっては、クリスマスだろうが、正月だろうが、なんだろうが、いつもと変わることのない大切な楽しい一日なのでしょうね。
トリトンを我が家に迎え入れてからたくさんのことを彼から学んだように思います。
その中の一つに、過去を悔やまない、明日への不安を抱かない、今だけを見つめて一生懸命過ごすことの大切さというものがあります。
人間の寿命に比べて犬のそれが短いということも関係してくるのでしょうか、トリトンを見ていると、今を楽しまなきゃ損とでも言っているかのように私には思えてなりません。トリトンの辞書には”後悔”とか”苦悩”といった文字は、きっと存在していないのでしょうね。
食事の時間になれば上に飛び跳ね、尻尾をあちらこちらにバタバタと叩きつけて大喜び、いつも同じものしか食べていないのに、そんなに嬉しいの?
私の指示をちゃんと理解し、できたことを賞めてあげれば、全身で嬉しさを表現、そんなに仕事が楽しいの?
さっきまでずーっと寝ていて、もうそれ以上は眠れないだろうと思えば、またもや暖かなコタツ布団に背中をぴったりくっつけて気持ちよさそうに、しかも、寝言まで言っちゃって、そんなにおうちは安心できるの?
私もトリトンを見習いその日その日を精一杯生きて、食べられる喜び、仕事がある喜び、家族と一緒に生活できる喜びに感謝し、新しい一日を迎えられる今を大切にしなければと、新しい年を前に反省しております。が、数日後には、すっかりそんな大切なことも忘れているだろうドスコイノブでございました。
toriton 70.JPG
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2010年12月23日

チェアー 後編

toriton 66.JPGtoriton 67.JPG前回に引き続き、”チェアー”についてお話しを進めてまいります。
アイメイト協会で4週間に渡る厳しい訓練を受け、無事にアイメイト許可証を頂戴し、晴れの卒業式を迎えました。
しかし、その日の天候は、あいにくの雨模様、協会の最寄り駅まで担当指導員が車で送ってくださいました。
お世話になった指導員の方とは改札口でお別れです。これから先は現役のアイメイトと使用者としての新たなスタートです。
いつでも、数歩後ろから私達を温かく見守ってくれた指導員はもういません。
そう思うと、柄にもなく淋しさと心細さとがこみ上げ、今自分が何をすべきなのか、どこに行こうとしているのかさえも見失うという情けない有様でした。
『だめだ、もっとしっかりしなければ、これからは俺がトリトンを守らなければ誰が彼を守るんだ』
自分に言い聞かせるように気合いを入れて、
「ゴー!」と指示を出し、力強い足取りで未来への一歩を踏み出しました。
新米ほやほやの私達の最初の仕事は、ホームに出る階段を探して下りること。
「ゴー ブリッジ」
気持ちが高ぶり浮きあがっているのは私だけのようです。トリトンは冷静に下り階段を見つけ、ちゃんと手前で停止しました。
無事にホーム上に下り、前方に向かって歩いていると、トリトンがスピードを緩めてゆっくり止まりました。続いて、ハーネスのハンドルの角度が少し下がるのを感じ、
『ん?なんだろう?』
彼が私に何かを教えているようです。
トリトンの背中から首、頭へと右手をずらしていくと、そこにはなんとベンチがあるではありませんか。
まるで、トリトンが
「まあ、少しここに座って休みなよ」と、私を気づかうように。
これには正直驚きました。
トリトンが、そんな風に考えていての行動かどうかはわかりませんが、あまりにもタイミングが良すぎたので、私にはそう聞えたのかもしれませんし、同時に、自分の中にあった緊張がほぐれていくのを感じました。
「チェアー グーッド!、ありがとねトリトン!」
ここまでは大変結構でした。
電車に乗り込み、”チェアー”の指示で空席を探してもらうはずでした。
私の指示にトリトンは忠実に従い空いている椅子に顎を乗せているようです。
さあ、乗換駅までゆっくり座っていこうと、彼が示すところに右手を伸ばしていくと、なんか柔らかいものがそこにあります。これは、もしかして…
「あら、かわいい!」
いきなり私の耳に飛び込んできたのはおばさんの声、しかも、私の耳から滅茶苦茶近い距離で。
そうなんです、トリトンはガラガラの車内にも関わらず、あえて空席ではなく、すでに座っているおばさんの太腿の上に顎を乗せて私に教えていたのです。
だから、私だってその教えに従い右手を伸ばしたのです。まさか、そこに人の足、しかも、女性の太腿があるなんて、誰が想像できるでしょう。
「だめだよ、これはチェアーじゃないじゃないか」と、完璧に日本語でトリトンを戒め、その女性には、もちろん平謝りです。
卒業仕立ての私にとっては、少しばかり荒っぽいトリトンからの洗礼となりましたが、その時の体験を踏まえ、それからは、もしかしたらそういうこともあるかもしれないことを念頭において”チェアー”の指示を出しております。
でも、椅子に顎を乗せて教えてくれるトリトンの姿、私の中では最も大好きなポーズです。その先に何が待ちかまえていようと…
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2010年12月22日

チェアー 前編

toriton 65.JPG今回は、久々にアイメイトのお仕事についての続きをご紹介させていただきます。
”チェアー”についてのお話しです。
これは「空席を探せ」という指示語で、空いている椅子の上に顎を乗せて教えてくれます。
電車やバス、レストラン、駅のホーム上に置かれているベンチなど、様々な場面で頻繁、且つ、便利に利用させてもらっています。
特に、電車を利用する時に大変重宝しており、乗り込んだ際、耳と空気の流れから混み具合を判断し、空いていそうな場合は即座にこの指示語を使わせてもらいます。
「ゴー チェアー」の指示に対し、すかさずトリトンが行動を開始します。
まずは、キョロキョロと周囲を見回し、それに続いて静かに歩き出します。空いている椅子を発見したようです。
さあ、どんな場所に案内してくれるのかと楽しみ半分、不安半分の心持ちで彼の示す方向に向かいます。
トリトンが立ち止まり、それに続いてハンドルの角度も微妙に変化しました。
私は、彼の背中、首、頭へと右手を滑らせ、トリトンが乗せた顎の先をたどっていきました。
手のひらに伝わる感触は電車特有の柔らかなシートに相違ありません。
「チェアー グーッド!」
シートの部分を手のひらでトントンと叩いて空席を見つけてくれたことを大きく賞め、ついでにトリトンの頭も数回撫でて私の喜びを伝えます。
「OK」でその体勢を解いてあげ、トリトンが見つけてくれたシートに深々と腰をおろします。
私だけ座っていては申し訳ないので、
「入って」という指示語で彼を私の足下に呼び寄せます。加えて、
「ダウン」で伏せてもらいます。
トリトンの手足や尻尾が周囲の乗客の邪魔にならないように、同時に、誤って踏まれてしまわないように体の位置を微調整してあげます。
「ウェイト」で、伏せたまま待つように指示を出し、人も犬もやっと一息…
あとは目的地まで電車様が安全に運んでくれますから、それまでお昼寝としゃれ込みましょうか。
そうそう、先ほど、空席を見つけてもらう際、楽しみ半分、不安半分と書きましたが、楽しみは、ちゃんと空いている椅子を見つけてくれるかなという期待感のようなものであり、もう半分の不安というのは、広い範囲で空席があるにも関わらず、わざわざ一人座れるかどうかという狭いスペースを選んで案内してくれること、すでに座っている乗客の膝の上に顎を乗せてしまうことなんです。
本来ならば、このような時、即座に叱ってやり直しさせなければいけませんが、この時ばかりは、いくら私でも周囲の目が気になってしまい、強く叱ることができないというのが現状です。
アイメイト協会の指導員の方には、
「ちゃんとその場で犬を叱ってください!」と、人間の私が叱られてしまいそうですが…
                              つづく
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2010年12月20日

新井淑則先生&マーリン

toriton 62.JPGtoriton 63.JPGtoriton 64.JPG今回も、アイメイトのお仕事についてはお休みさせていただき、一昨日の出来事を振り返りお話しさせていただきます。
テレビやラジオなどのメディアで紹介されているので、皆さんの中にはすでにご存じの方もいらっしゃることと思いますが、埼玉県秩父郡長瀞町立長瀞中学校で教鞭をとられている新井淑則(あらいよしのり)先生が、18日(土)、柔らかな日差しが降注ぐ冬晴れの午後、我が町の福祉センターを会場に講演会を開かれました。
新井先生は、私と同じアイメイトユーザーです。同じなのはアイメイト使用者ということだけで、他は私など足下にも及ばないとても立派な方です。
この日は、私はもちろんですが、私の奥さん、それにTさんとスコーピオも一緒に先生のお話を聴きに行ってまいりました。
講演内容は、現在に至るまでの様々な苦難や喜びなどについてユーモアを交えながら独特の語り口調で進められ、たくさんの人で埋め尽くされた会場は、しばし時を忘れ、新井先生が語る自らの人生のストーリーに引き込まれていきました。
先生の著書にも詳しく書かれているので、その内容については省かせていただき、今回は、2頭目となるアイメイト、マーリンが見せてくれた最高に笑っちゃうパフォーマンスを皆さんにご紹介します。
本の最初の方にも書かれているのですが、毎朝6時に起床する先生が目覚まし代わりに使っている携帯のアラーム音、多分、皆さんもご存じかと思いますが、ビートルズナンバーの一曲、”オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ”が流れると同時に、アイメイトのマーリンがいきなり吠え始めるのだそうです。
アラーム音を止めた瞬間、マーリンの声も何もなかったかのようにぴったり止んで、また普通にダウンして本来のアイメイトに戻るのです。
それを講演会の会場で実演してくれたのです。なんと、サービス精神旺盛な先生とマーリンでしょう!
おもむろに携帯の操作を始める新井先生、目的の”オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ”が見つかったようです。続いて、あの軽やかなメロディーが会場内に流れると、
先生の左側にずーっと伏せていたマーリン、いきなり立ち上がり、なぜか先生の右側に回り込み、四つ足で舞台を踏みしめ、鼻先を天空に向け、
「ワンワン、わーんワン、ウォーン、ワンワン!」と会場全体に響き渡る大きな声で吠えるではありませんか。まるで、曲に合わせて一緒に歌うように…
これにはさすがの私もちょっと驚き、しかし、一瞬後には笑いがこみ上げて、思わず爆笑し、ただただマーリンの美しい歌声に聴き惚れていました。
トリトンとスコーピオの反応がまた面白く、
「えっ、なに?どうしたの?なにが始まったの?」といったキョトンとした態度に、もう一度笑わせていただきました。
この講演会、先生のお話はもちろんですが、マーリンの歌を聴けただけで私個人としては大満足です。
アイメイト協会スタッフの皆々様方におかれましては、この記事、初めからなかった、あるいは、読まなかったことにしていただければ幸いです。
帰りのバスの関係で、新井先生、相棒のマーリンとゆっくり関わることができませんでしたが、当初の望みだったご挨拶、ならびに、記念撮影という目的だけはなんとか果たせたので、私達もホッと一息、あわてて会場をあとにしました。
新井先生、有意義な一日をありがとうございました。
今後の更なるご活躍を陰ながら応援させていただきます。
最後になりましたが、先生の著書をご紹介し、本日は失礼いたします。
新井淑則(あらい・よしのり) 著
全盲先生、泣いて笑っていっぱい生きる
出版社:マガジンハウス
・発行年月:2009年03月
・サイズ:単行本
・ページ数:215p
・ISBNコード:9784838719594
「弱虫でも、どん底でも、必ず夢は叶う」
もしあなたが、人生も半ばで、突如両目を失明してしまったら…。
28歳の頃、突然右目の網膜剥離を発症して以来、休職・両目失明と人生のどん底に落ち、自殺をも考えた著者。
あれから20年…、周囲の協力、地道な努力が実を結び、奇跡の復活!
2008年より、ライン下りと桜の名所・埼玉県秩父郡長瀞町の公立中学校で教鞭をとる。
「できないと思えば、絶対できない。できると信じれば、絶対にできる」まずは、自分が信念を持って努力をすること。そして、周囲の助けに支えられていることを知り、感謝すること。それが、見えないからこそ見えた、人生の「本当のこと」。
新聞、テレビ、ラジオで話題の”全盲先生”初の著書は、悩みやいきづまりを抱えるあらゆる人への応援歌です。
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2010年12月18日

♪わたしはピアノ♪ 3

toriton 60.JPGtoriton 61.JPGやっとのこと、いつでもピアノと向き合える状態が整い、私ははやる気持ちを抑えつつ早速音を出してみることにしました。
「なんじゃこりゃ!」
そうです、三つめの問題は、ピアノ自体に関するものでした。
300年もの間一度として調律などのメンテナンスをしていなかったために、素人の私が聴いてもすぐにわかるほど音が狂いまくっていること、しかも、かなりピアノが汚れてしまっていることなどに、どのように対処すればよいかと三度立ち止まり考えることになったのです。
そこで、パソコンの登場です。近隣で、しかも、古いピアノも安心してお任せできるような調律師の方を探すための作業に取りかかりました。
そして見つけました。
、ホームページからでも伝わるピアノを思う心、仕事に対する誠実な心を感じて、「ここに頼もう」と私が決めたところが
中嶋ピアノサービス
です。
我が家のピアノは購入以来一度もメンテナンスをしていなかったため、ピアノが落ち着くまでは間隔をあまり開けずに手を加えてあげた方がよいとアドバイスを受けてからのお付き合いです。
実は先日の定休日にも調律に来てもらいました。
不思議ですが、手を加えてもらう度に本当にピアノが変化していくのが私にもわかるんですよ。
まるでピアノが生き物のように少しずつ元気を取り戻していく様子を実感できるんです。
そんなお医者さんのような調律師のお名前は、中嶋廣明さんという二十代半ばの男性です。
この中嶋さん、調律の専門学校で講師を務められたこともあるというかなりの実力派です。
人当たりがとても柔らかく、こちらの要望や質問に対しても誠実に対応してくださる態度、更に、何よりもピアノに向き合う真摯な姿に私は心打たれます。
ピアノのお手入れを考えていらっしゃる方、あなたのピアノを中嶋さんに委ねてみてはいかがでしょうか。お勧めです。
ピアノに関する様々な情報を発信しているブログもあります。是非、ご覧になってください。
ピアノのハナシ -ピアノ調律師の日記-
こうして息を吹き返し元気になった我が家のピアノですが、私のような下手くそに弾かれては、快適な日々を過ごせず困惑していることでしょうね。
ピアノも可愛そうですが、私の足下に伏せて毎日雑音を聴かされるトリトンも誠に迷惑していることでしょう。どうもすいません。
未だに1曲もまともに弾き通せない私ですが、これから先もしつこくピアノに触れ続けていきたいと思っています。
トリトンを迎え入れてから私は変わりました。
様々なことに対し積極的に挑むことが、彼となら楽しくて仕方ないんです。
今年はピアノのコンサートにも4回行きました。
演奏中、トリトンは私の足下でおとなしく伏せています。
気のせいかもしれませんが、私の心の耳に聞えてくる彼の言葉…
『上手だね!パパよりもずーっと!』
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2010年12月17日

♪わたしはピアノ♪ 2

toriton 59.JPG『ピアノかぁ、弾ければいいなあ』
元々、音楽鑑賞は大好きで、ピアノ曲も幅広いジャンルで聴いていましたが、右手と左手をバラバラに動かすピアノを自分が弾くなどという大それたことは絶対に無理と初めから諦め、私は”聴く人”だけに徹していました。
ですから、わたしにとってピアノを弾ける人はまさにあこがれの対象で、尊敬にも似た感情をいだいていました。
でも、まったくの初心者、しかも五十も半ばを過ぎようとしている兄が新しい試みに果敢に挑戦している姿を目の当たりにし、そうか、もしかしたら自分にもできるのではと今までいだいていた固定観念を振り払い、一念発起し、私もピアノを始めることを決意したのです。
練習に欠かせないピアノ自体はすでにあるのですから、蓋を開けて鍵盤と向き合えばいいだけなのです。習いに行くにはお金もかかるので、しばらくは自己流で楽しむことにしました。
しかし、ここで大きな問題が三つほど生じました。
まず一つめ、ピアノを弾くためには楽譜が読めなければなりません。点字用の楽譜もあると聞いていますが、パソコンを使い始めてからまったくと言っていいほど私は点字に触れていませんでした。
中途失明の私は点字を指で読む触読暦も浅く、また、楽譜は特別な読み方があると聞いていましたので、この問題をどうクリアするか少し立ち止まり考えました。
幸い、私の奥さんがピアノを習っていたことで、譜面の読み方はある程度わかっていましたから、その能力を放っておくのはもったいないと感じた私は、彼女に深々と頭を下げ協力を依頼することにしたのです。
かなり地道で気の遠い作業になりますが、一つ一つの音符の高さと長さを教えてもらい、それを私が頭と指で覚えていくという形をとることにしました。
二つめの問題点は、ピアノをどこに置いて練習するかということでした。
自宅から少し離れた場所に置いてあるピアノ、初めのうちは仕事が暇な時間に家を空けて練習に出かけていましたが、あまり合理的ではないと判断し、我が家に移動することにしました。さあ、どこに置こうか、再び立ち止まって考えることになりました。
かなり大きなものです。見た目にも自然で違和感がない置き場所となると、なかなかここだというところがないものです。
『そうだ、あったぞ!自分の仕事場に置けばいいじゃないか!』
ひらめいた私は、早速奥さんに頼んでピアノの寸法をメジャーで計測してもらいました。結果は、ばっちり、うまい具合に治療室に修まりそうです。
次回の記事に登場してもらう方の紹介で、専門業者による移動作業も無事に終わりました。
初めからここに来ることが決まっていたかの如く、奥さんのピアノは、なんの抵抗もなく治療室に溶け込み、不思議な感覚ですが、ピアノが喜んでいるように私には思えました。思わず、
『ずーっとほったらかしにして悪かったなあ』という感情が自然に沸いてきました。
                              つづく
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2010年12月16日

♪わたしはピアノ♪ 1

toriton 58.JPG私などにまったく似合わないタイトルでスタートした今回のお話し、まさに”ピアノ”に関する記事です。
トリトンの大ファンの方々には大変申し訳ありませんが、直接彼に関する記事ではないので、興味のない読者の皆さんは読み飛ばしていただいて結構です。
とか強く言っていますが、なるべくなら読んでいただきたいと思います(^∧^)、オ、ネ、ガ、イ。
私の仕事場にはアップライトピアノが置いてあります。
仕事?ええ、そうです。マッサージ師です。自宅で治療院をやらせてもらっています。
「どうして治療室にピアノがあるの?」んーん、なかなか難しい質問ですね。
あまり深く考えたことはないのですが、まあ、その理由の一つとして、ピアノを一人にしておくのは可愛そうだったからということでしょうか。
このピアノ、私の奥さんが高校3年生の時、そうですね、今から約300年ほど前に購入したものなんです。
彼女は、保育士を目指していたため、必須科目であるピアノを練習するために一生懸命アルバイトをしてやっとのことピアノを手に入れました。
300年も前の昔ですから、今のように電子ピアノも普及していなかったこともあり、奥さんにとっては家を買うくらい高価な買い物だったと思います。
そして、晴れて念願の保育士になり、日々子供達と向き合い、その成長を見守り続けました。
そして、数年後、一身上の都合により保育士を辞めることになり、同時にピアノに向き合う時間もなくなってしまいました。
私と結婚し、子供達が生れ、日々の生活は多忙を極め、自ずとピアノに振り向く者は誰もいなくなってしまいました。
子供達は男の子ばかりなので、野球やスイミングなどのスポーツに夢中で、一人としてピアノを習う子はいませんでした。
月日は矢のように流れ去り、子供達は成人し、私達は中年になりました。そして迎えた昨年の秋のある日のことです。
私の兄がピアノを習い始め、中古ですがグランドピアノまで購入し、日々練習にいそしんでいるということを知りました。
4歳違いの兄は私と同じ全盲の視覚障害者、でも、全盲暦は、すでに35年という超ベテラン、私など足下にも及ばないスーパー盲人です。
年齢にとらわれず、様々なものに興味をいだいては実行する、これぞ、視覚障害者の鏡、おっと、少しばかり賞めすぎたようですが…
でも、白杖を上手に使いこなし、一人でどこへでも行ってしまう、私にとっては目標となる存在の人です。
この兄が今度はピアノ?
ちょっと意外な行動に私は驚いたものです。
早速、兄の家に出向いて、噂のグランドピアノと対面し、椅子に腰掛け、得意の曲を弾いてみようと鍵盤に指を置いてみました。が、思うように指が動きません。
『あれっ、そうか、俺はピアノなんか弾けないんだった』
                              つづく
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